※第三審迄のネタバレが含まれます。
※この記事では、第一審~第三審のMV、第三審資料、これまで映像内で公開された情報を中心に考察しています。
Voice Dramaについては、現時点では未視聴です。
『MILGRAM -ミルグラム-』囚人番号002、ユノ/樫木優乃。
第一審「アンビリカル」を見た時、最も大きな疑問だったのは妊娠でした。
タイトルが意味する「臍の緒」。
DNAを思わせる螺旋階段。
中身の入った風船と、空になった風船。
お腹を意識するようなユノ。
そこから、ユノは妊娠していたのではないか。そして、その命を失ったのではないか。と考えていました。
しかし第一審では、それ以上のことはほとんど分かりません。
相手は誰だったのか。
ユノ自身は妊娠をどう思っていたのか。
胎児はなぜ失われたのか。
中絶だったのか、流産だったのか。
第二審「Tear Drop」では、金銭を伴う関係や複数の「ユノ」が見えてきましたが、今度は、なぜユノはそんな生活を選んだのか、という新しい疑問が残りました。
第三審「ライフ」と資料では、その多くに答えが出ています。
そこで今回は、第一審・第二審の記事を書いた当時に残していた疑問を拾い直し、
第三審まで見たことで何が分かったのか。
改めて答え合わせをしてみます。
- 第一審では「妊娠した少女」に見えていた
- 「アンビリカル」は本当に臍の緒だった?
- 螺旋階段はDNAだった?
- スマートフォンのあとにお腹を見る理由
- 第一審の「君」は胎児だった?
- 中身のある風船と空の風船は何だった?
- 胎児は中絶で失われた?
- では「堕胎」という言葉は何なのか
- 相手の男性は恋人だった?
- 相手の男性は逃げた?
- 「欲と欲」と「好きと好き」の違いは?
- 第二審で分かった「複数のユノ」とは何だった?
- 複数のユノは「演技していた偽物」ではなかった
- なぜパパ活をしていたのか
- 「愛情が欲しかった」説はどうなった?
- 家庭に問題があった?
- 第一審の三本目の螺旋階段は何だった?
- 第三審の肉塊は胎児?
- 第一審の落下と第三審の落下は同じ意味?
- ユノは死のうとした?
- 第二審でユノを慰めていたのも、第三審で止めるのもユノ
- 「赦されたくない」は第一審からどう変わった?
- 第一審から第三審までで答えが出たこと
- 第三審まで見ても残った謎
- まとめ|第一審の「失った命」から、第三審の「それでも生きる」へ
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第一審では「妊娠した少女」に見えていた
第一審「アンビリカル」では、MV自体は明るくポップです。
しかし、その中には生命や妊娠を思わせるモチーフが多く登場していました。
特に気になったのが、
- 「アンビリカル」というタイトル
- 二重らせんを思わせる螺旋階段
- 中身のある風船
- 中身のない風船
- スマートフォンを見たあと、お腹へ目を落とすユノ
でした。
当時は、妊娠したこと自体は可能性が高そう。と考えていました。
第三審まで見ると、ここは完全に答えが出ています。
ユノは実際に妊娠していました。
「アンビリカル」は本当に臍の緒だった?
第一審で最初に注目したのがタイトルです。
「umbilical」は「臍の」「臍帯の」という意味を持ちます。
そのため、ユノと胎児をつなぐ臍の緒を意味しているのではないか?と考えていました。
第三審では妊娠が明確になり、MVにも子宮や骨盤、生殖器官を思わせるモチーフが登場します。
なので「アンビリカル」を妊娠や胎児とのつながりとして見る方向は、第三審後かなり強くなったと思います。
ただし、タイトルにはもうひとつ意味がありそうです。
ユノは第一審から第三審まで、誰かとのつながりと自分自身とのつながりを繰り返し描かれています。
胎児との臍の緒だけではなく、人間関係や自己との結びつきまで含めた「つながり」の曲だったのかもしれません。
螺旋階段はDNAだった?
第一審では、二本の螺旋階段を見てDNAの二重らせんを連想しました。
ユノと相手。
二人が交わることで生まれる新しい生命。
そんな意味があるのではないかと考えていました。
第三審では、妊娠そのものが確定しています。
そのため、生命や妊娠を示す構造として螺旋階段を見る解釈は以前よりも自然になりました。
一方で、第一審では螺旋階段が人間関係や時間の流れにも見えていました。
第三審まで見ると、どちらか一方だけではなく、関係が進んでいくことと、その結果として生命が生まれることを重ねていた可能性もありそうです。
スマートフォンのあとにお腹を見る理由
第一審では、ユノがスマートフォンを見たあと、自分のお腹へ視線を落とす場面が気になっていました。
当時は、妊娠について調べていたのか、相手から連絡が来たのか。
それとも、SNSを見ていたのか、妊娠に関わる何かを確認したのか。
と考えていました。
第三審資料では、ユノが自分の妊娠に気づいたことが明らかになっています。
そのため、この場面も、自分の身体に起きた変化を認識する場面として見ることがかなり自然になりました。
ただし、スマートフォンで具体的に何を見ていたのかまでは、現在も分かりません。
ここは答えが出たというより、妊娠説が確定したことで意味が絞られた場面だと思います。
第一審の「君」は胎児だった?
第一審では、歌詞の中の「君」が誰なのかも気になっていました。
最初は恋愛相手。
しかしタイトルや妊娠を思わせる映像を考えると、部はお腹の中の子どもへ向けたものではないか、とも考えました。
第三審では、ユノが失われた命について現在まで抱え続けていることがかなり強く描かれています。
そのため第一審からすでに、胎児へ語りかけるような視点が混ざっていた可能性は残ります。
ただし歌詞全体を胎児だけに向けたものと考える必要はありません。
恋愛・性的関係。
胎児。
ユノ自身。
複数の対象が混ざった曲だった可能性があります。
中身のある風船と空の風船は何だった?
第一審で特に気になっていたのが風船です。
ユノが強く抱えている風船には中身がある。
一方、階段から落下する時につかむ風船は空。
そして地上へ着くと、それを手放します。
当時は、
中身のある風船=妊娠している状態
空の風船=胎児を失った後
なのではないかと考えていました。
第三審まで見ると、この解釈はちょっと強くなりました。
ユノは妊娠した。
その後、胎児を失った。
つまり、中に命がある状態から、失われた状態へ変わった。
第一審の風船は、その変化をかなり早い段階から示していたように見えます。
胎児は中絶で失われた?
第一審で最も大きく残していた疑問です。
妊娠が終わったとして、
- 人工妊娠中絶
- 流産
- 死産
- 事故
どれなのか分かりませんでした。
第二審でも答えは出ません。
そして第三審「ライフ」では、歌詞に堕胎を思わせる言葉まで登場します。
そのため、最初は、やはりユノが中絶を選んだのか、と考えたくなります。
第三審資料で出た答え
しかし資料では、実際の経緯が明らかになります。
妊娠を知ったユノは、それによって生じる現実を一気に突きつけられます。
家族、学校、将来、周囲からの視線。
そして、自分の中にある命。
その状況に耐えきれなくなったユノは意識を失い、階段から転落しました。
ユノ本人は生存。
胎児は失われました。
つまり第三審資料だけを見る限り、ユノが自ら人工妊娠中絶を選択したという単純な経緯ではありません。
第一審で保留にしていた「胎児がなぜ失われたのか」は、転落による喪失だったことが分かりました。
では「堕胎」という言葉は何なのか
第三審でひとつ新しい疑問になったのがここです。
実際には事故によって胎児を失った。
しかしユノは、その出来事をまるで自分自身が命を失わせたかのように受け止めています。
だから第三審の言葉も、医学的な中絶の経緯を説明しているのではなく、ユノ自身が「自分が失わせた」と感じていることを示しているのかもしれません。
第一審では、そもそも「何が起きたのか」が分からなかった。
第三審では「実際に何が起きたか」だけでなく、ユノ自身がその出来事をどう意味づけているのかまで見えるようになりました。
相手の男性は恋人だった?
第一審では、相手についてかなり迷っていました。
- 年上の社会人
- 既婚者
- ホスト
- 恋人
複数の可能性を残しています。
第二審になると、この見え方が大きく変わりました。
金銭を受け取るユノ。
ラブホテルを思わせる場所。
初対面に近い相手と会っているような描写。
そこから、一人の恋人との関係ではなく、金銭を伴う複数の男性との関係だったのではないかと考えるようになります。
第三審でほぼ答えが出た
第三審資料では、ユノが高校入学後にパパ活を始めていたことが明らかになります。
つまり第一審で想像していた、一人の男性との普通の恋愛の末に妊娠したという構図ではありませんでした。
妊娠相手が具体的に誰だったのかまでは分かりません。
しかし少なくとも、ユノが複数の大人と金銭を伴う関係を持っていた延長線上で妊娠したと考えるのが自然です。
相手の男性は逃げた?
第一審では、妊娠をきっかけに二人の関係が壊れたのではないか。
相手が逃げたのではないか。
とも考えていました。
第三審まで見ると、この仮説は弱くなりました。
そもそもユノには「一人の恋人との関係」という前提がなかった可能性が高い。
妊娠相手が誰か。
その人物が妊娠を知っていたのか。
ユノが相手へ伝えたのか。
それすら現在も分かりません。
そのため「妊娠したユノを恋人が捨てた」という第一審時点の想像は、第三審後にはいったん外して考えた方がよさそうです。
「欲と欲」と「好きと好き」の違いは?
第一審では、表示される言葉と実際に聞こえる歌唱の違いが気になっていました。
本人は「好き」と考えている。
しかしMV側では「欲」と示しているのではないか。
そのため、ユノは恋愛だと思っているけれど、実態は欲望や打算を伴った関係だったのではないかと考えていました。
第二審・第三審まで見ると、この部分も少し違って見えます。
ユノは相手が自分へ何を求めているのか、非常に良く理解していました。
大人が何を言えば喜ぶのか。
どんな自分を見せれば求められるのか。
それを分かった上で関係を持っています。
つまりユノだけが「純粋な恋愛だ」と思い込んでいたわけではなさそうです。
むしろ、欲望が介在する関係だと理解した上で、その中に自分なりの価値や刺激を見つけていたと考えた方が近そうです。
第二審で分かった「複数のユノ」とは何だった?
第二審「Tear Drop」では、何人ものユノが登場しました。
清楚なユノ。
制服姿のユノ。
性的な魅力を強く出すユノ。
相手へ合わせるユノ。
そして、そのユノたちが互いを抱き締めたり、労ったりしています。
当時は「相手ごとに使い分ける自分なのではないか」と考えました。
ただ、それを「偽りの人格」とは見ませんでした。
どれもユノ。
どれも自分自身。
第三審でも、複数のユノという構造は続いています。
複数のユノは「演技していた偽物」ではなかった
第三審では、制服ユノと私服ユノが登場します。
制服ユノが苦しむ。
半透明のユノが身体から離れていく。
私服ユノが抱き締める。
高所へ向かう制服ユノを、私服ユノが必死に止めようとする。
ここまで見ると、第二審で考えていた「全部がユノ本人」という読みは残せそうです。
相手に合わせる顔。
普段の自分。
性的な関係にいる自分。
傷ついた自分。
それを慰める自分。
生きるのをやめたくなる自分。
それでも生きようとする自分。
どれかひとつが「本当のユノ」なのではありません。
全部が同じユノの中にある。
第一審・第二審で「本当のユノはどこにいるのか」と探したくなりましたが、第三審まで見ると「全部あたしだけど?」という方がユノらしいように思います。
なぜパパ活をしていたのか
第二審で一番大きく残った疑問です。
お金が必要だったのか。
家庭環境が悪かったのか。
愛情が欲しかったのか。
誰かに必要とされる感覚が欲しかったのか。
第二審では答えが出ませんでした。
第三審で分かった意外な理由
第三審資料では、ユノは生活に困窮していたわけではなかったことが分かります。
受け取ったお金も、友人と遊ぶために使っていました。
さらに、ユノは昔から非常に対人能力が高かった。
相手が何を求めているか分かる。
どう振る舞えば喜ばれるか分かる。
周囲とうまくやることができる。
しかし、その能力が高いからこそ、人生をつまらないと感じていた。
ここが第二審では分からなかった答えでした。
ユノが求めていたものは、単純なお金ではありません。
普段とは違う刺激。
大人から向けられる欲望。
日常から外れる感覚。
自分が予測しきれないもの。
パパ活は、そうした刺激を得られる場所だったようです。
「愛情が欲しかった」説はどうなった?
第二審では「性的に求められることを愛情として受け取っていたのではないか」とも考えていました。
第三審資料を見ると、この仮説をそのまま採用する必要はなさそうです。
ユノは「愛されないから誰かに求められたかった」というより、予測できる日常が退屈だったから、自分の日常にないものを求めたという方が強そうです。
もちろん、誰かから求められる感覚がそこに含まれていた可能性はあります。
ただし、第二審で想像していたような、愛情不足を埋めるための行動と断定する材料は現在もありません。
家庭に問題があった?
第二審では、ユノの家庭がほとんど描かれないことも気になっていました。
親は何をしていたのか。
家に居場所がなかったのか。
金銭的な問題があったのか。
第三審まで見ると、少なくとも、生活苦によって金銭を必要としていたという方向ではなかったことが分かります。
とはいえ、家族との具体的な関係は現在もほとんど見えていません。
妊娠を知った時に「家族」の存在が現実的な問題として浮上しているため、無関係ではありません。
それでも、家庭環境がパパ活の直接原因だったとまでは言えない。
ここは第三審後も残っている謎です。
第一審の三本目の螺旋階段は何だった?
第一審で最後まで分からなかったもののひとつです。
最初は二本だった螺旋階段。
一度崩れたあと、最後には三本あるように見えます。
当時は、ユノ、男性、赤ちゃんの三者なのではないか。
あるいは、三角関係、新しい相手、複数の人間関係などを考えていました。
第三審まで見ても、ここは明確な答えがありません。
ただし、第二審で複数の相手と関係を持っていたことが見えたため、一つの関係が終わっても、別の関係へ進んでいくユノという読みは以前より成立しやすくなりました。
また、胎児を含めた三者関係を示していた可能性も完全には消えていません。
ここは依然として未解決です。
第三審の肉塊は胎児?
第三審では、鏡の向こうへ肉塊のような異形が登場します。
第一審の風船より、さらに直接的な身体表現です。
- 胎児
- 妊娠
- 子宮
- 性行為
- 失った命
- ユノ自身の身体感覚
さまざまなものを重ねているように見えます。
終盤では、その肉塊が破裂します。
そして二人のユノがその衝撃を受けます。
大事なのは、壊れたのがユノ自身ではないこと。
妊娠や胎児、あるいはその記憶を象徴するものが壊れ、その出来事によって現在のユノも傷ついている。
そう考えると、第一審の「中身のある風船→空の風船」ともつながります。
第一審の落下と第三審の落下は同じ意味?
第一審でもユノは螺旋階段から落下します。
第三審でも、高所から落ちるような描写があります。
第一審では、恋愛関係や妊娠によって、それまでの生活が崩れたことを表すのではないかと考えていました。
第三審では、実際にユノが階段から転落し、胎児を失ったことが分かっています。
そのため第一審の落下も、現実に起きた転落事故を早い段階から抽象化していた可能性が出てきました。
ただ、第三審MVの落下は、現実の事故そのものではなく、生きることをやめたくなる気持ち。自分を消してしまいたい感覚。その一方で生きようとする自分。という心理描写も強く含まれているように見えます。
同じ「落下」でも、審ごとに意味が重なっていったようです。
ユノは死のうとした?
第三審MVでは、制服ユノが高所へ進み、そのまま落下します。
映像だけなら自死にも見えました。
しかし第三審資料では、ユノは事故後に意識を回復し、日常生活へ戻っています。
そのため、現実世界で自死したという解釈は成立しません。
MVの落下は、
- 消えてしまいたい気持ち
- 自分自身を投げ出したい感覚
- 胎児を失った自分を消したい気持ち
などを表している可能性があります。
そして、そのユノを止めようとするのもユノ自身です。
第二審でユノを慰めていたのも、第三審で止めるのもユノ
第二審では、複数のユノが互いを抱き締め、慰めていました。
第三審では、私服のユノが制服ユノを抱き締め、最後まで止めようとします。
ここは一審から三審を通して重要だったと思います。
ユノは誰かに救われることを強く求める人物ではありません。
むしろ、最後に自分を支えるのは自分。
第二審では傷ついた自分を慰める。
第三審では消えようとする自分を止める。
ユノは複数の顔を持っていますが、それぞれがバラバラなのではなく、自分自身の中で互いを支えながら生きているように見えます。
「赦されたくない」は第一審からどう変わった?
第一審では、事情が分からなかったため、私はユノを「赦す」と判断しました。
第二審では本人の主体性が強く見えたことで「赦さない」に変えています。
しかし第三審では、実際の妊娠喪失が本人の意思による中絶ではなかったことが分かりました。
それでもユノ本人は、自分を簡単に赦してほしいとは思っていないように見えます。
ここが面白いところです。
ユノは「私は可哀想だから仕方なかった」とは言わない。
事故だった。
追い詰められていた。
それでも、自分の人生の中で起きたこととして抱えている。
だから「赦される」ことで、その命の存在まで軽くされたくないのかもしれません。
第一審ではこちらが「事情が分からないから赦す」と考えていました。
第三審では逆に、本人の方が、簡単に赦されたくないと思っている。
この距離の変化もユノらしいと思います。
第一審から第三審までで答えが出たこと
改めて整理します。
ユノは妊娠していた?
→はい。
第三審資料で明確になりました。
「アンビリカル」は胎児との臍の緒?
→妊娠・胎児とのつながりを示す可能性がかなり高くなった。
ただし人間関係や自己とのつながりまで重ねている可能性があります。
中身のある風船と空の風船は妊娠と喪失?
→可能性はかなり高くなった。
実際に妊娠し、その後胎児を失っています。
胎児は中絶で失われた?
→少なくとも第三審資料では、自ら中絶手術を選んだ経緯ではない。
妊娠発覚後に意識を失い、階段から転落したことで胎児を失ったと読むのが自然です。
相手は恋人だった?
→一人の恋人だった可能性は低くなった。
ユノは高校入学後からパパ活をしていました。
ただし妊娠相手が誰だったのかは不明です。
ユノはお金に困っていた?
→いいえ。
受け取ったお金は友人との遊びなどに使っており、生活苦が主目的ではありませんでした。
なぜパパ活をしていた?
→退屈な日常から外れる刺激を求めていた可能性が高い。
対人関係を簡単に読めてしまうユノにとって、人生そのものがつまらなくなっていました。
複数のユノは偽物の人格?
→その可能性は低そう。
第二審・第三審を見ると、すべて同じユノの異なる側面として見る方が自然です。
ユノは事故後に死亡した?
→いいえ。
意識を回復し、日常生活へ復帰しています。
第三審まで見ても残った謎
多くの答えが出ましたが、まだ分からないこともあります。
- 妊娠相手が誰だったのか
- 相手は妊娠を知っていたのか
- 第一審でスマートフォンに何が表示されていたのか
- 三本目の螺旋階段の正確な意味
- 第一審の「欲」と「好き」のズレが何を示していたのか
- ユノの家族との具体的な関係
- 第三審の肉塊が何を直接象徴しているのか
- ユノが今後、失った命をどう抱えて生きていくのか
そして第三審では、意識回復後、日常生活へ戻った時点の情報をMILGRAMへ保存という、世界観そのものに関わる新しい謎も生まれました。
まとめ|第一審の「失った命」から、第三審の「それでも生きる」へ
第一審「アンビリカル」を見た時、ユノは、妊娠し、何らかの理由で胎児を失った少女に見えました。
第二審「Tear Drop」では、自分で人間関係を選び、複数の顔を使いながら生きる少女へ変わりました。
そして第三審「ライフ」では、失った命を抱えながら、それでも自分自身を生かし続ける人に見えます。
第一審では、命が失われたことが中心でした。
第三審では、そのあともユノの人生は続いていることが中心になった。
ユノは死ななかった。
日常へ戻った。
自分を簡単に赦してほしいとは思わない。
でも、完全に自分を捨てることもしない。
第二審から何人ものユノが登場していましたが、第三審まで見ると、その意味も少し分かった気がします。
ユノはひとつの顔だけでは生きていません。
- 苦しむ自分
- 強がる自分
- 性的な関係にいる自分
- 制服を着て日常へ戻る自分
- 消えたい自分
- それでも生きようとする自分
- 全部を自分の中に残している
だから第三審のタイトルは「ライフ」。
失われた命だけではなく、残されたユノ自身の人生まで含めたタイトルなのだと思います。
第一審で「この子のお腹に何があったのか」と考えていた頃から見ると、第三審で問われているものはずっと先へ進みました。
命を失ったあと、自分はどう生きるのか。
ユノの三審は、そこまでを描いた物語だったように感じます。
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更新
2026年10月時点、第一審「アンビリカル」、第二審「Tear Drop」、第三審「ライフ」と第三審資料までをもとに、過去の記事で残していた疑問を再考察しています。
Voice Dramaについては現時点では未視聴のため、Voice Drama内でのみ明らかになっている情報は使用していません。
