『MILGRAM』フータ「バックドラフト」第二審 感想・考察|炎上は誰の責任だったのか

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『MILGRAM -ミルグラム-』囚人番号003、フータ/梶山風汰の第二審楽曲「バックドラフト」。

第一審「事変上等」では、フータが自分の正義を振りかざし、ネット上で誰かを糾弾していたことが強く描かれていました。
一方で本人は、「みんなもやっていた」「なぜ自分だけが責められるのか」という意識をかなり強く持っていたように見えます。

第二審「バックドラフト」では、その行為がどこまで拡大し、何が起きたのかが第一審よりもかなり分かりやすく描かれます。
フータが始めた攻撃に複数の人間が参加し、一人の少女へ集中していく。
そして相手が壊れたあと、今度はフータ自身が同じように攻撃される側へ回る。

フータは確かに変わり始めているように見えます。

しかし私には、まだ「赦す」ところまでは行きませんでした。

フータ第二審「バックドラフト」の基本情報

囚人番号003・フータの第二審楽曲は「バックドラフト」。
MVは2022年11月24日に公開されました。公式も第一審と比較して、より鮮明に描かれたフータの表情や行動に注目し、罪の真相と理由を考察するよう案内しています。

第二審では、炎上や集団攻撃を思わせる構造が、複数色のスプレー、目、落書き、石化して崩れる少女といった視覚表現によって描かれています。

赤いスプレー缶を持つフータ

第二審のフータを象徴するものの一つが、赤いスプレー缶です。
MVの中では、いくつもの色が登場します。しかしフータ自身と強く結びついているのは赤です。

特に気になったのは次の描写でした。

  • フータ自身が赤いスプレー缶を持っている
  • フータの右側の頭部から目の辺りへ赤い液体が垂れている
  • そこからフータ自身が親指で、首元へ向かって赤い線を引く
  • 終盤で爆発するのも赤いスプレー缶
  • ほかの囚人らしき人物にも、場所の異なる赤い痕跡がついている

赤が単なるフータのイメージカラーなのか、それ以上の意味を持つのかは断定できません。

ただ、第二審全体を通して見ると、赤には「発端」「加害」「血」「責任」といった意味まで重ねられているようにも見えます。

複数の色が「悪」を塗り潰していく

前半では、一つ目の「悪」のような落書きを、複数の色が塗り潰していきます。

確認できた範囲では、

  • 薄紫
  • オレンジ
  • 山吹色、あるいは黄色
  • 水色

などが使われています。
二つ目の落書きでも同じように、複数色による塗り潰しが起こります。
ここだけなら、「悪者をみんなで倒している」ようにも見えます。

しかし、この構図がそのまま後半の少女へ向けられることで意味が変わります。

制服姿の少女は被害者なのか

MVには制服姿の少女が登場します。

彼女がフータの事件における被害者本人なのかは第二審時点では断定できませんが、映像上では明確に「攻撃される側」として描かれています。
少女を覆っている色は、黄色、水色、薄紫、青、薄い緑、赤など複数あります。

そして決定的なのが、少女へ向かってスプレーを噴きつける手です。

色の数だけ参加者がいる

少女へスプレーを向けているのは一人ではありません。
色の違う複数の手が、同時に少女へ向けられています。
つまり、フータ一人だけが相手を攻撃していたのではなく、複数の人間が一人の標的へ集中していたことを視覚化しているように見えます。

ネット上の炎上に置き換えれば、

誰かが標的を示す。
そこへ賛同者が集まる。
最初は「悪い人を批判している」つもりだったものが、次第に集団攻撃へ変わる。

という構造です。

フータは「始めた側」なのか

ここで問題になるのが、フータ自身の責任です。
確かに、少女を攻撃しているのはフータ一人ではありません。

しかし、「ほかにもやっていた人がいた」という事実と、「だから自分の責任は軽い」は別です。
むしろMVで確認したいのは、最初に誰が攻撃を始めているのかです。

もし最初に少女へ向けられる色が明確にフータの赤だったなら、みんながやったのは事実。けれど、起点はフータだったという構図になります。

第一審のフータが繰り返していた「みんなもやっていた」という主張に対して、第二審の映像が「でも始めたのは誰?」と返している可能性があります。

「PRESSURE」の色が変わる

MVの中では「PRESSURE」という文字も登場します(あまり見てとれませんでしたが、歌詞から判断しました)
前半ではオレンジだった文字が、後半では紫へ変化しています。

これが何を意味するのかはまだ分かりません。
ただ、色が意図的に使い分けられているMVなので、単なる配色とも思いにくい部分です。
前半と後半で「圧力をかけている側」が変わったことを示しているのか。
あるいは、炎上へ参加する人間が増えることで、フータ自身が受けるプレッシャーへ変化しているのか。

ここは再視聴で確認したいポイントです。

いくつもの「目」はオーディエンス?

MVには、複数の色を持つ「目」も描かれます。

目はそのまま、

見る人
観客
監視
世間の視線

を連想させます。

SNS上の炎上では、直接攻撃する人間だけではなく、それを見ている人間も大量に存在します。

さらにMILGRAMそのものも、視聴者が囚人を見て、判断し、投票する仕組みです。
そのため、この「目」はフータがかつて相手へ向けていた大衆の視線と、現在フータ自身へ向けられているMILGRAM視聴者の視線を重ねている可能性もありそうです。

少女は石化し、崩れ落ちる

複数の色で覆われた少女は、やがて石のように固まり、崩れ落ちます。
この描写はかなり直接的です。
集団によって攻撃された一人の人間が、最終的に耐えられなくなった。

それが実際の死を意味するのか、社会的な死や精神的崩壊まで含む表現なのかは第二審だけでは断定できません。

ただ、少女が崩れたときのフータの反応は重要です。
フータは、その結果を見て後ずさります。
最初から相手が壊れることを望んでいた人間の反応には見えません。

「こんなことになるとは思わなかった」

フータの後ずさる姿から感じるのは、

そこまでやるつもりじゃなかった
こんな結果になると思わなかった

という戸惑いです。
これはフータを考えるうえでかなり重要だと思います。

彼はおそらく、最初から「相手を死ぬまで追い込もう」と考えて攻撃を始めたわけではありません。

正義のつもりだった。
相手が悪いと思った。
みんなも賛同した。
だから攻撃した。

ところが、オーディエンスが増え、攻撃がエスカレートし、フータ自身では制御できない規模へ膨れ上がった。
この構造が「バックドラフト」というタイトルにもつながっているように見えます。

「BACKDRAFT」というタイトルの意味

バックドラフトとは、酸素が不足した閉鎖空間で不完全燃焼が進み、可燃性の煙やガスがたまった状態へ新鮮な空気が急激に入り込むことで、爆発的な燃焼が起こる現象です。
NFPAでも、酸素不足状態の不完全燃焼生成物が存在する閉鎖空間へ空気が突然入り込むことで起こる現象と定義されています。

この言葉は、フータの事件とかなりよく重なります。

小さな火が一気に燃え上がる

フータ自身の怒りや正義感が、最初の火種だったとします。

そこへ、

  • 賛同
  • 拡散
  • 観客
  • 攻撃への参加
  • 「こいつは悪だから叩いていい」という空気

が加わる。
これらが火へ送り込まれる空気のように作用し、本人が想定していた以上の勢いで燃え上がる。
そして、いったん大きくなった炎はフータ自身にも止められなくなる。

「炎上」という比喩だけではなく、その炎上が外から参加者を得ることで爆発的に拡大したところまで含めて「バックドラフト」なのかもしれません。

最後に爆発する赤いスプレー缶

その意味で、終盤に赤いスプレー缶が爆発することも気になります。
複数人が参加した事件なのに、最後に爆発するのはフータの赤です。

これは、集団で起こした事件であっても、フータ自身の責任は消えないという表現にも見えます。

「ほかの人間もやっていた」は事実かもしれません。
しかし、それはフータが何もしていなかったという意味にはなりません。

赤いスプレー缶が最後まで残り、そこで爆発するなら、事件の起点と責任がフータ自身へ戻ってきているようにも思えます。

今度はフータ自身が石化する

少女が崩れたあと、今度はフータ自身も石化していきます。

ここで加害者と被害者の位置が反転します。

フータは、自分が相手へしたことと似た状況を、自分自身で経験することになります。

さらに逃げようとしても、腕が重くなり、倒れてしまう。

責任や罪悪感を背負って動けなくなっているようにも見えますし、自分が作った状況から簡単には逃げられないことを示しているようにも見えます。

エスらしき人物からスプレーを浴びる

終盤では、倒れたフータのもとへエスを思わせる人物が現れ、フータへスプレーを吹きかけます。

その背後には「目」があります。
ここは第一審の判決との重なりを強く感じました。
第一審でフータは「赦さない」と判定されています。

つまり、かつてフータが他人を「悪」と判断し、群衆の前へ晒していたのと同じように、今度はエスと視聴者がフータを「赦さない」と判断した。

裁いていた側が、裁かれる側へ回った。
そんな反転に見えます。

同じ立場になって初めて気づいた?

第二審フータには、第一審にはなかった弱さや後悔がかなり見えます。

相手が崩れたことで後ずさる。
自分自身も石化する。
逃げようとしても倒れる。
そして歌詞では、もう一度チャンスを求めるような内容もあります。
確かに、何も感じていなかった第一審よりは変わっています。

ただ、私はここでまだ「赦す」にはなりませんでした。

被害を受けてから分かるのでは遅い

理由は単純です。

自分が同じ立場になって初めて、その怖さに気づいたように見えるからです。
自分が攻撃する側だったときは、「みんなもやっていた」と考える。
自分が攻撃される側になって初めて、「こんなに苦しいのか」と気づく。
気づかないままよりは、もちろんずっといいです。

それでも、被害を受けて初めて理解したことと、自分が相手へしたことを自分自身の責任として認めることは同じではありません。

「ほかにもやっていた」は免罪符にならない

フータの一審から続く大きな問題は、責任を集団へ分散しようとするところです。

「俺だけじゃない」「みんなもやっていた」「みんな楽しんでいた」

おそらく、これ自体は嘘ではないのでしょう。
第二審映像でも、複数の色の手が少女を攻撃しています。

しかし、集団で行ったから個人の責任がなくなるわけではありません。

問題は「自分が何をしたか」

第三審で確認したいのは、フータがほかにもやった人がいたから、それでも自分がやったことは間違っていたへ進めるかどうかです。
第二審では、結果の重さには気づき始めています。

しかしまだ、「自分だけが責められるのはおかしい」という感情も残っているように見えます。

この二つが今のフータの中で同時に存在しているのではないでしょうか。

第二審でも登場する「赦し」

フータの第二審歌詞にも、「赦す/赦される」に関わる内容が登場します。
ハルカ第二審でも、第一審で自分が赦されたことを意識するような内容がありました。

ユノにも「赦し」をめぐる言葉があります。

そしてフータは、ほかは赦されているのに、なぜ自分は赦されないのかという方向から「赦し」を見ています。
この「ほか」は、フータ以外の赦された囚人なのか、それとも、他の円状に関わったオーディエンスなのかはわかりません。

ただ、ここは第二審全体で追っていきたい共通モチーフです。
第一審の結果を受けた囚人たちが、それぞれ違う角度から「赦す」という判決を解釈している可能性があります。

第二審の投票結果

フータの第二審投票結果は、

判定得票率
赦す76.82%
赦さない23.18%

となり、第一審から判定が逆転して「赦す」となりました。

第一審では44.92%が「赦す」、55.08%が「赦さない」でした。
第二審では大きく「赦す」側へ動いています。

第二審で描かれた後悔や苦痛、そして自分が攻撃される側になった経験を、変化や反省として評価した視聴者が多かった可能性はあります。

ただし、投票理由は人によって異なるため、得票率だけから理由を断定することはできません。

私の第二審判断は「赦さない」

私は第二審でも、フータを「赦さない」と判断します。

第一審よりは明らかに変化しています。

自分が起こしたことの結果を見ている。
相手が壊れることを望んでいたわけではなさそう。
自分自身も攻撃され、同じ痛みを経験している。
そしてチャンスを求めている。

その点では、第一審よりずっと「赦したい」と感じる部分は増えました。

それでも、まだ足りません。

私が確認したいのは「みんなもやっていた」ではなく、「それでも自分がやったことは自分の責任だ」と言えるかどうか。
今のフータは、被害者側へ回ったことで初めて痛みに気づいた段階に見えます。

だから第二審時点では、まだ「赦さない」です。

第三審で確認したいこと

フータについては、第三審がかなり重要になりそうです。

第二審までに見えたのは、「結果が想定以上に大きくなったこと」と、「自分自身も裁かれる側へ回ったことで痛みを知ったこと」です。

次に確認したいのは、その先です。

  • 被害者の立場ではなく、自分の加害そのものを理解できたか
  • 「ほかにもやっていた」という考えを手放せるか
  • 自分が事件の発端だった可能性を認められるか
  • オーディエンスの暴走と自分自身の責任を分けて考えられるか
  • 「チャンスが欲しい」が自己保身ではなく反省へ変わっているか

第二審でフータは、ようやく自分が放った火の熱さを知ったように見えます。

でも本当に変わったかどうかは、火傷したから怖くなったのか、それとも火をつけたこと自体を間違いだったと思えるようになったのかで変わります。

そこを第三審で見たいと思います。

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更新

2026年9月:第二審「バックドラフト」初見・再視聴時点の感想と考察を作成。
第三審の情報は使用していません。

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