『MILGRAM -ミルグラム-』囚人番号003、フータ/梶山風汰の第一審楽曲「事変上等」。
ハルカやユノと比べると、かなり「こう読めばいいのでは」と道筋を示されているように感じるMVでした。
公式でも「共闘系RPGを彷彿させるミュージックビデオ」と紹介されており、フータが味方とともにモンスターを倒していく構成になっています。
しかし、見ていくうちに、その「敵を倒すゲーム」がSNS上の糾弾やネット私刑を表しているように見えてきます。
そして最後だけ、明らかにそれまでとは違う。
この記事では第二審以降の情報を使わず、第一審「事変上等」を初めて見た時点での感想と考察をまとめます。
「事変上等」の基本情報
囚人番号: 003
名前: 梶山風汰
通称: フータ
CV: ランズベリー・アーサー
第一審楽曲: 事変上等
MV公開: 2020年9月19日
第一審結果: 赦さない
公式の第一審投票では、フータは「赦さない」と判定されています。
第一印象は「これは加害者では?」
MVを見て最初に感じたのは、フータはかなり明確に加害側にいるのではないか、ということでした。
ただし、本人に「人を傷つけてやろう」という自覚が最初からあったようには見えません。
むしろフータ本人の感覚では、
悪い奴を見つける
→ そいつを倒す
→ 自分たちは正義
→ 周囲からも称賛される
という、勇者が魔王を倒すゲームに近かったのではないでしょうか。
SNS上の「悪人退治」をゲームとして見ていた?
MVでは、フータが仲間と一緒に敵を倒していく様子がRPGのように描かれます。
これを現実側へ置き換えると、SNS上で「悪い」と判断した相手を見つけ、糾弾し、周囲もそこへ参加していく構図に見えました。
フータにとって相手は「人」ではなく、倒すべき「敵」になっていたのかもしれません。
相手に事情があるかもしれない。
間違った情報かもしれない。
叩きすぎているかもしれない。
そうした現実的な感覚が、ゲーム化することで薄れていったように見えます。
「この指とまれ」は仲間集めと自己正当化?
歌詞から特に気になったのが、「この指とまれ」という感覚です。
これは単に仲間を集めているだけではなく、フータにとって自分の正しさを確認する仕組みになっていたのではないでしょうか。
自分一人なら、「本当に自分が正しいのか」と疑う余地があります。
しかし、
自分の呼びかけに人が集まる
→ みんなが同じ相手を批判する
→ 自分だけの判断ではない
→ だから自分は正しい
という流れができれば、罪悪感は薄れます。
むしろ賛同者が増えるほど、自分の正義が証明されたように感じてしまう。
その結果、行動がどんどんエスカレートしていったように見えました。
周囲にもてはやされるほど止まれなくなる
フータの行動を怖くしているのは、本人一人だけではありません。
周囲にはギャラリーがいて、フータの「敵退治」を面白がり、盛り上げています。
だからフータにとっては、自分は悪いことをしているではなく、自分はみんなの期待に応えているという感覚だったのかもしれません。
人から称賛されれば、さらに次の標的へ向かう。
より大きな敵を倒せば、もっと認められる。
この構図が続くことで、最初は軽い糾弾だったものが、次第に止められなくなったのではないでしょうか。
「ごめんなさい」と言わせれば勝ち?
歌詞を見ていて、フータにとって「勝利」が何なのかも気になりました。
相手に「ごめんなさい」と言わせることが、勝者になる条件のように見えます。
相手が謝れば、
相手が自分の非を認めた
→ 自分たちの批判は正しかった
→ フータ側が勝った
という構図になります。
しかし、その謝罪が本当に反省から出たものなのか、怖くなって謝っただけなのか、追い詰められて言わされたのかは別問題です。
フータには、その違いが全部「相手が悪かったと認めた」に見えていたのではないでしょうか。
そう考えると、謝罪は和解のためのものではなく、フータ自身の正義を証明するための“勝利条件”になっていたように感じます。
「みんなやっていた」が責任逃れにもなる
第一審前のVoice Trailerでは、フータの後ろの声から、みんなも面白がっていたのに、どうして自分だけ責められるのかという不満を感じました。
「事変上等」を見たあとでは、この発言の意味がかなり分かりやすくなります。
実際、MVの中ではフータだけではなく、周囲も一緒になって盛り上がっています。
だから本人には、
俺一人でやったことじゃない
みんなも参加していた
なぜ自分だけが悪いことになるのか
という感覚があるのでしょう。
ただし、周囲が参加していたからといって、フータ自身の責任が消えるわけではありません。
むしろ「みんなもやっている」という状況を、自分が止まらないための根拠にしていたようにも見えます。
最後の相手だけ「血」が出ている
MVの中で最も重要に見えたのが、最後の標的です。
それまでの敵を倒す場面は、RPGの戦闘として処理されています。
ところが最後だけ、相手が倒れたあとに血のようなものが描かれている。
ここで初めて、それまでゲームとして描かれていた攻撃が、現実の被害へ変わったように感じました。
もしあの描写が現実の出来事を反映しているのなら、最後の人物は単に「ネット上で謝った」という程度ではなく、重大な被害を受けた可能性があります。
場合によっては、その死がフータのMILGRAM収監につながっている可能性も考えられます。
ただし第一審時点では、その人物が実際に死亡したのかまでは断定できません。
最後だけギャラリーが消える
もう一つ気になったのが、最後の出来事のあと、それまで周囲にいたギャラリーが消えていることです。
フータが相手を攻撃している間は、みんなが見ていた。
みんなが盛り上がっていた。
でも、取り返しのつかない結果が出た瞬間には、誰もいない。
これは、みんなでやっていたはずなのに、責任を取る段階ではフータだけが残されたという状況にも見えます。
Voice Trailerの「なぜ俺だけ」という感覚は、ここから来ているのかもしれません。
毛布に包まるフータは何を意味する?
最後の出来事のあと、フータは毛布のようなものに包まっています。
それまでの強気な姿とは大きく違います。罪悪感なのか。恐怖なのか。周囲からの批判から隠れているのか。ショックで現実を直視できなくなったのか。第一審だけでは判断できません。
ただ、少なくとも「敵を倒して勝った」と喜んでいるようには見えません。
ここが、フータにとって「ゲームだったものが現実になった瞬間」なのではないでしょうか。
アンダーカバーの「尻尾を巻いて逃げる」とつながる?
「アンダーカバー」のフータに対応している部分では、尻尾を巻いて逃げるようなニュアンスを感じていました。
「事変上等」だけを見ると、フータ本人は最後までかなり強気です。
だからこそ、私はこの強さを本心ではなく、そう振る舞っているだけなのではないかと感じました。
実際には最後の事件のあと、自分が批判される側になり、周囲の目から隠れている。
それでも表向きには「自分だけが悪いわけじゃない」「俺は間違っていない」と強気に振る舞う。
そう考えると、アンダーカバーと第一審MVの印象が両立します。
「事変上等」というタイトル
タイトル通り、フータは衝突そのものを恐れていないように見えます。
悪い相手なら戦えばいい。
言い返されたらもっと強く返せばいい。
騒ぎになっても構わない。
そんな姿勢が「事変上等」という言葉に表れているように感じます。
しかし問題は、フータがその「事変」の向こう側にいるのがゲームの敵ではなく、現実の人間だと理解するのが遅かったことなのかもしれません。
第一審MVは比較的「読み方」を示してくる
ハルカの「弱肉共食」は、犬、母親、少女、水などの象徴が多く、何が現実なのかをかなり考える必要がありました。
それに比べると「事変上等」は、かなり読み方を示してくるMVに感じます。
RPG、仲間、敵、勝利、謝罪、観客、そして最後だけ現れる血。
フータ本人にはゲームだった。しかし、相手にとっては現実だった。
この構造自体が、MVの大きなテーマとして提示されているように思います。
ただし、明示されているものが大きすぎて、細かい部分を見落としているかもしれません。
第一審で私は「赦さない」
第一審だけを見た段階で、私の判断は「赦さない」です。
フータには「誰かを殺してやろう」という明確な悪意が最初からあったわけではないのかもしれません。
自分では正義のつもりだった。
周囲も一緒に盛り上がっていた。
最後には本人も動揺しているように見える。
それでも、フータは自分の正義を疑わず、周囲からの賛同を根拠に攻撃をエスカレートさせています。
相手に謝罪させることを勝利と考え、標的を次々と「倒すべき敵」に変えていった。
そして最後の相手だけは、明確に血を流して倒れているように見えます。
その結果が重大な被害、あるいは死だった可能性まで考えると、第一審時点では「赦す」を選べませんでした。
実際の第一審結果
| 選択 | 割合 |
|---|---|
| 赦す | 44.92% |
| 赦さない | 55.08% |
公式の第一審投票では、フータは「赦さない」という結果になっています。
私自身の第一審判断も同じく「赦さない」でした。
ただし、公式結果を見て合わせたのではなく、MVを見た時点での判断として残しています。
Voice Trailerとのつながり
第一審前のVoice Trailerでは、フータについて、収監そのものに強く反発し、エスにも攻撃的な人物という印象を持ちました。
後ろの声から感じたのは、「みんなも面白がっていたのに、なぜ自分だけ責められるのか」という不満です。
「事変上等」を見たあとでは、この言葉はかなり直接的につながりました。
フータ本人には「集団でやったこと」という意識がある。
しかし、その集団の中心で標的を定め、攻撃を続けた自分自身の責任をどこまで理解しているのかは、まだ分かりません。
▶ 第一審前Character Voice Trailer感想・考察
「アンダーカバー」とのつながり
「アンダーカバー」では、フータに対応する部分を「尻尾を巻いて逃げる」ような意味として見ていました。
「事変上等」では最後まで強気に見えるフータですが、最後の事件後に毛布へ包まる姿を見ると、内心ではかなり追い詰められている可能性があります。
強気なのは、本当に自分の正しさを信じているからなのか。
それとも、批判される側になった自分を守るためなのでしょうか。
▶ 「アンダーカバー」のUNDER後は囚人10人の罪のヒント?
第一審時点でまだ分からないこと
現時点では、フータが実際にどんな情報を拡散したのか、最後の標的に何が起きたのか、その人物が死亡したのか、フータ以外の参加者がどこまで行動していたのかは分かりません。
また、フータ本人が現在どこまで自分の行動を後悔しているのかも不明です。
第二審以降で答えが見えても、この第一審記事では、この時点で「正義のつもりの攻撃がエスカレートしたネット私刑」と読んだことを残しておきます。
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更新
2026年9月:第一審「事変上等」初見視聴時点の感想・考察を作成。
第二審以降の情報は使用せず、第一審時点での仮説と審判を記録しています。
