『MILGRAM』マヒル「だいすき」第二審 感想・考察|本物の愛が相手を壊した?

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『MILGRAM -ミルグラム-』囚人番号006、マヒル/椎奈真昼の第二審楽曲「だいすき」。

第一審「愛なんですよ」では、マヒルが恋人だと思っていた相手と本当に交際していたのか、それとも一方的な恋愛だったのか、まだ疑う余地がありました。

第二審「だいすき」を見ると、その疑いはかなり薄れます。
二人は一緒にメリーゴーランドへ乗り、同じ場所を歩き、彼はマヒルのそばにいる。

つまり、少なくとも恋愛関係そのものは実在していた可能性が高い。
しかし、そこからが問題です。

マヒルにとってはきらびやかで甘い恋愛だったものが、彼にとっては徐々に色褪せ、苦しく、逃げられないものへ変わっていたように見えます。

マヒル第二審「だいすき」の基本情報

囚人番号006・マヒルの第二審楽曲は「だいすき」。MVは2023年6月1日に公開されました。
公式も、第一審より鮮明に描かれたマヒルの表情や行動から、罪の真相と理由を考察するよう案内しています。

第二審シングルには「だいすき」のほか、DECO*27「パラサイト」のマヒルCover、Voice Drama「Love is [Un] Dead」が収録されています。

タイトルは、驚くほど単純な「だいすき」。
でも第二審で描かれるのは、その「だいすき」が相手にとって何だったのかという、かなり重い内容です。

冒頭に映る首吊り

第二審は、いきなり首を吊った人物を思わせる映像から始まります。

私は、この人物がマヒルの恋人だった可能性が高いと感じました。
第一審では、何かに酷く驚いた表情のまひるが映っていましたが、第二審で二人の交際がかなり具体的に描かれたことで、この遺体を見たた可能性が強くなります。

もしそうなら、マヒルの「罪」は、彼へ直接手を下した殺人というより、自分の愛情によって恋人を追い詰め、その結果として彼が自死したという形だったのかもしれません。

ただし、第二審だけで彼の死因や因果関係まで完全に断定することはできません。

二人は本当に付き合っていた?

第二審では、マヒルと彼が一緒に過ごす場面がかなり増えています。

特に印象的なのが、二人でメリーゴーランドに乗っている場面です。
第一審では、「恋人」という関係そのものがマヒルの一方的な認識だった可能性も考えていました。

しかし第二審を見る限り、彼は実在し、少なくとも一時期は二人で恋愛関係を築いていたと考える方が自然です。

一方的な恋ではなく、「壊れていった恋」

そうなると、マヒルの問題は「恋人だと思い込んでいた」ことではありません。

最初は成立していた恋愛が、時間とともに壊れていった。
その原因の一つとして、マヒルの愛情の与え方があった。

第二審は、そういう物語に見えます。

マヒル側の世界はきらびやか

第二審のマヒル側の心象は、一審以上に豪華です。

アフタヌーンティー。
きらびやかなソファ。
華やかな空間。
甘いケーキ。

マヒルにとって恋愛は、依然としてとても美しいものとして描かれています。

自分は彼を愛している。
彼と一緒にいる。
だから幸せ。

その世界観自体は、第二審でもほとんど壊れていません。

彼側の世界はどんどん色褪せる

ところが、彼が疲弊していく場面では、画面全体の印象が大きく変わります。

色が褪せる。
衣服がボロボロになる。
メリーゴーランドも徐々に廃れていく。
途中では血を思わせるような表現まであります。

これは単純な経年劣化というより、彼がこの恋愛をどう感じていたのかを視覚化した心象風景ではないでしょうか。

同じ恋愛なのに、見えている景色が違う

マヒル側では、

甘い
華やか
楽しい
愛に満ちている

恋愛。

彼側では、

色褪せる
消耗する
傷つく
逃げたい

恋愛。

同じ二人の関係なのに、見えているものがまるで違います。

第二審では、この認識のズレがかなり明確に描かれているように感じました。

メリーゴーランドは「降りられない恋愛」?

メリーゴーランドというモチーフも気になります。

最初は楽しい。
華やか。
二人で同じ場所を回っている。

でもメリーゴーランドは、基本的に同じ場所をぐるぐる回り続ける乗り物です。
前へ進んでいるようで、実際には同じところから抜けられない。

もしこれが二人の恋愛を表しているなら、マヒルは「ずっと一緒」を幸せだと思っている一方、彼はその関係から降りられず、徐々に疲弊しているという構図にも見えます。

山道で座り込む彼

二人が山道のような場所を歩いている場面では、彼がかなり疲れています。

最終的には座り込み、マヒルへ何かを求めているように見えます。
彼が何を言っているのかは映像だけでは分かりません。

休ませてほしい。やめてほしい。もう無理だ。別れたい。
何を求めているにせよ、少なくとも今のまま進み続けることが苦しいのはかなり明確です。

ところが、マヒルはそこで彼の苦しみを別の方向へ解釈しているように見えます。

ケーキを食べさせるマヒル

彼が苦しんでいる。

そこで映像は、再びマヒルのきらびやかな心象へ戻ります。
マヒルは口元へ指を当てて、「どうしたらいいんだろう?」と考えるような仕草を見せます。
そして答えとして、ケーキのイチゴとクリームの部分を彼へ食べさせます。

マヒルにとっては、

苦しんでいるなら、もっと愛してあげよう
もっと甘いものを与えよう
もっと大切にしてあげよう

という発想なのかもしれません。

しかし、現実側へ戻ると、その光景はまったく違うものになります。

現実ではネズミを口へ押しつけている

山道へ戻ると、マヒルが彼の口へ押しつけているのはケーキではなく、ネズミです。

この対比はかなり強烈です。

マヒルの認識では、甘いケーキを食べさせる愛情表現。
彼が受け取っている現実では、耐え難いものを無理やり口へ押し込まれている。
つまり、マヒルが「愛」として与えているものが、彼にとっては苦痛になっている

ことを、そのまま映像にした場面に見えます。

「もっと愛せばいい」という発想

ここから感じるのは、マヒルが彼の苦しみにまったく気づかなかったわけではないということです。

彼が疲れていることは見えている。
苦しんでいることも見えている。

でも、その原因を、自分が与えすぎているとは考えない。
むしろ、まだ愛が足りない、もっと愛してあげればいいと考えてしまう。

だから彼が拒絶するほど、マヒルの愛情は強くなる。

それが最終的に、彼をさらに追い詰めた可能性があります。

マヒルの愛は偽物ではない

ここは大事だと思います。

私は第二審を見ても、マヒルが彼を愛していなかったとは思いません。
むしろ逆です。

マヒルの愛情自体は、本物だったのだと思います。

ただ、本物の愛情だから、相手にとって良いとは限らない。
マヒルが愛したい形と、彼が必要としていたものが一致していなかった。
それでもマヒルは、自分の愛情を止めることができなかった。

だからこそ怖い。

「愛が重い」ことには気づいている?

第二審の歌詞を見ると、マヒルは自分の愛情が重いことや、相手のことを十分に考えていなかったことに、ある程度気づいているように感じます。
ここは第一審からの変化です。

第一審では、愛なんだから良いでしょう?という印象が強かった。
第二審では、

重いのは分かっている
相手を見ていなかった部分も分かっている
でも、これは愛だった
自分では止められない

という認識へ進んでいるように見えます。

「分かっていない」のではなく、「分かっていて止められない」

この違いはかなり大きいです。

知らずに相手を傷つけたのではない。
少なくとも今は、自分の愛情に問題があったことを多少は理解している。
それでも、自分の愛そのものを否定することはできない。

第二審のマヒルは、そこにいるように見えます。

彼の自死が自分の愛のせいだと気づいている?

歌詞だけを見ると、マヒルは彼がいなくなったことと、自分の愛情の重さが無関係だとは思っていないように感じます。

自分の愛が相手を苦しめた。
その結果、彼がいなくなった。
そこまでは分かっているのかもしれません。

しかし、それを「だから私が彼を追い詰めた」という責任として真正面から引き受けているかというと、まだ微妙です。

むしろ感情の中心にあるのは、

こんなに好きだったのに
こんなに愛していたのに
どうして君はいなくなったの?
君がいなくて私は困っている

という、マヒル自身の喪失感に見えます。

最後まで中心にいるのは「彼」ではなく「マヒル」

マヒルの愛情の問題は、ここにもあります。

彼がどれほど苦しかったか。
彼が何を望んでいたか。
彼はなぜ自死するほど追い詰められたのか。
それよりも、彼を失った自分がどれほど苦しいかが前に出てしまう。

これは一審から一貫しています。
マヒルは彼を愛している。

でも、その愛は最後までマヒル自身の視点を中心にした愛だったのかもしれません。

今回は「赦す/赦さない」が出てこない?

これまで見た第二審では、第一審判定を意識するような「赦す/赦される」の表現がかなり目立ちました。

ハルカ。ユノ。フータ。ムウ。

それぞれ使い方は違いますが、第一審で自分がどう判断されたかを意識しているように見えます。
しかしマヒルの「だいすき」では、少なくとも私が聞いた範囲では、その「赦す/赦さない」が前面に出てきません。

これも気になりました。

マヒルにとっては「赦されるか」より彼がいないことの方が重要?

一つ考えられるのは、マヒルにとって現在の問題が、MILGRAMから赦されるかどうかではないということです。

彼がいない。
愛する相手が消えてしまった。
その喪失だけで頭がいっぱい。

だから、エスや視聴者から赦されるかどうかは、マヒルの中ではそれほど重要ではないのかもしれません。

むしろマヒルが「彼を赦す」側?

さらに極端に考えると、マヒルの中では立場が逆なのかもしれません。

自分が赦してもらうのではなく、
私を置いていった彼を、私が赦せるかどうか。
彼はマヒルの愛を受け取りきれなかった。
そして最後には、マヒルを置いていなくなった。

彼の自死すら、

自分への拒絶
自分を一人にした行為

として感じている可能性があります。
そうだとすれば、マヒルはまだ「自分の行為を裁かれる」という段階ではなく、愛したのに置いていかれた自分の悲しみの中にいる。

「赦す/赦さない」の次元へまだ到達していないとも考えられます。

第一審からマヒルは一貫している

第二審で情報は増えましたが、マヒル本人の芯はかなり一貫しています。

第一審では、私はあなたを愛している。だからこれは良いこと。
第二審では、愛が重かったことも、あなたを見ていなかったことも少し分かった。でも、私は本当に愛していた。今も大好き。
という変化に見えます。

理解は少し進んだ。
でも愛そのものについては、ほとんど揺らいでいない。

「愛したい」が「相手を大切にする」を上回った

第二審マヒルを見て、一番大きいと思ったのがここです。

マヒルは彼を大切にしたかった。
でも、実際には、彼が何を望んでいるかより、自分がどう愛したいかを優先してしまった。

だから、彼が疲れれば、もっと与える。彼が拒絶すれば、もっと愛する。彼が限界になっても、まだ離さない。

愛情そのものは本物だったとしても、その愛情が相手の意思を無視する形になった時点で、彼にとっては苦痛へ変わってしまいます。

第二審の投票結果

マヒルの第二審投票結果は、

判定得票率
赦す69.84%
赦さない30.16%

となり、第一審から判定が逆転して「赦す」となりました。

第一審ではマヒルは「赦さない」と判定されていました。
第二審では、彼女自身が負傷し、第一審よりも弱った姿を見せています。

さらに、自分の愛情に問題があったことを多少は理解し始めているようにも見えます。

そうした変化を評価した人が多かった可能性はありますが、投票理由は人によって異なるため、結果だけから理由を断定することはできません。

私の第二審判断

私は第二審でもマヒルを「赦さない」と判断します。

気になるのは、マヒルが自分を正当化していることですらありません。
むしろ、自分が裁かれる立場だというところまで十分に辿り着いていないように見えることです。

自分の愛が重かったことや、相手を見ていなかったことには気づいていても、中心にあるのは今も「私はこんなに愛したのに、彼はいなくなった」という自分の喪失です。

もし彼の死に別の大きな原因があり、マヒルが必要以上に自分を責めていたと分かれば判断は変わるかもしれません。
しかし第二審までの映像を見る限り、マヒルの愛情が暴走した結果として一人の人間が追い詰められ、死亡したように見えます。悪意がなかったことだけでは、私は赦せません。

第三審で確認したいこと

マヒルについて第三審で確認したいのは、かなり明確です。

  • 首吊りした人物は本当に恋人なのか
  • 彼の死は自死だったのか
  • マヒルは自分の愛情が彼の死につながったことをどこまで理解しているのか
  • 「愛が重い」と気づいたあと、行動を変えられるのか
  • 相手の望みを、自分の「愛したい」より優先できるようになるのか
  • 彼を失った自分の悲しみではなく、彼が感じていた苦しさへ目を向けられるのか

第二審で分かったのは、マヒルの愛が偽物ではなかったことです。
でも、本物の愛なら、相手を傷つけても愛と呼べるのか。

「だいすき」は、その問題を第一審以上に真正面から見せてくるMVでした。

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更新

2026年9月:第二審「だいすき」初見・再視聴時点の感想と考察を作成。
第三審の情報は使用していません。

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