『MILGRAM -ミルグラム-』第三審開始通達。
第二審終了報告の時点で、MILGRAMの「赦す/赦さない」は単なる評価ではなく、囚人たちの状態や行動を変える判定なのだと感じていました。
しかし第三審開始通達では、その影響が想像以上にはっきりと示されます。
死亡した囚人。
他の囚人へ傾倒した者。
第一審・第二審の判定を受けて思想をさらに強めた者。
そして、自分の判定によって生まれた結果を目の前にする看守エス。
第二審までは「囚人の罪をどう判断するか」が中心でした。
第三審では、それだけでは済みません。
自分が下した判定によって何が起きたのか。
そこまで含めて裁かなければならなくなります。
公式によると『第三審開始通達』は2025年2月26日に公開され、第二審終了後の囚人たちとMILGRAMの変化が語られる動画です。
※この記事は、第二審開始通達を見落とした状態で先に第三審開始通達を視聴し、その時点で感じたことを中心にまとめています。
後から第二審開始通達を確認したところ、第三審で驚いた一部のシステム説明や思想への介入は、すでに第二審開始時点で明かされていました。
そのため、本文中には「第三審で初めて分かった」と感じていた当時の視点が一部残っています。
- 第二審終了後、「赦す/赦さない」に応じた処置が行われた
- 「初めて起こることづくし」――ジャッカロープはむしろ楽しそう
- 囚人ごとの第三審開始時点
- 三人の死亡で、プロフィール画像も変わった?
- 「感性でも法律でも、何を基準にしてもいい」
- 「これがお前の監獄だ」
- MILGRAMは実験なのか?
- タイトル「MILGRAM」とミルグラム実験
- Es・Ego・Superegoという構造?
- 最後に現れる、もう一つのジャッカロープの声
- 第三審を見る前に残しておきたいこと
- まとめ|第三審では「自分の判定」も裁かれる
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第二審終了後、「赦す/赦さない」に応じた処置が行われた
第二審開始通達でも、判定に応じて「思想の自由」あるいは「思想の否定と身体的拘束」が与えられることは説明されていました。
第三審開始通達では、その仕組みが第二審の判定後にも適用され、結果として囚人たちに何が起きたのかが明らかになります。
つまり、ここで初めて判定が囚人へ作用すると分かったのではなく、第一審ですでに示されていた介入が、第二審後にはさらに深刻な結果を生んだことが分かります。
MILGRAM自体が、判定結果に応じて囚人へ介入しています。
「思想の自由」が必ずしも救いになるわけではない
ここで恐ろしいのが、MILGRAMにいる囚人たちは、そもそも自分自身の価値観や思想に従った結果として人の死に関わり、ここへ収容されているということです。
ならば「思想の自由」を与えることは、その人物の考え方を肯定し、より自由にさせることにもなります。
第二審で見た、
- ムウの自己正当化
- アマネの教義の強化
- コトコの「自分は裁く側」という認識
なども、「赦す」という判定が本人の思想へ作用した結果だった可能性があります。
一方、「赦さない」は思想を否定し、さらに身体まで拘束する。
どちらを選んでも、判定は囚人を変えます。
「初めて起こることづくし」――ジャッカロープはむしろ楽しそう
監獄内では、これまでにないことが次々と起きています。
ところがジャッカロープは、なぜか嬉しそうです。
むしろ、エスを選んでよかったという方向で興奮しているように見えます。
囚人が死んだ。
宗教が拡大した。
囚人同士の関係が変わった。
監獄内で殺人まで起きた。
普通なら「運営失敗」と考えてもおかしくありません。
しかしジャッカロープにとっては、予想外の変化そのものが興味深いらしい。
この反応からも、MILGRAMが単純な更生施設や裁判所ではなく、何かを観察する場所ではないかという疑いが強くなります。
囚人ごとの第三審開始時点
001 ハルカ|「ムウを赦さなければ死ぬ」を実行した
ハルカは死亡しました。
第二審終了報告で示唆されていた「取引」は、ムウを赦さなければ、自分は死ぬという内容だったようです。
ただの脅しと思ったとしても不思議ではありません。
しかしハルカは、隠れて食事を拒み続け、本当に死を選びました。
ハルカにとって「ムウの役に立つこと」が存在価値だった?
第二審までのハルカは、誰かに見てもらうこと、自分を必要としてもらうことへ強く執着しているように見えました。
そして最後には、ムウの役に立つことに自分の価値を置いていた可能性があります。
自分が死ぬことでムウを赦すよう圧力をかける。
それが成功するかどうかよりも「ムウのために自分を使える」ということ自体が重要だったのかもしれません。
ジャッカロープはハルカについて、MILGRAM側の敗北とも取れる発言をしています。
自分たちのルールで裁く前に、ハルカ自身がそのゲームから降りてしまったからでしょうか。
002 ユノ|マヒルの死を目の前で経験した
ユノは比較的落ち着いているように見えるものの、目には動揺が現れていると指摘されます。
その原因はMILGRAMの処置ではありません。
マヒルの死に立ち会ったこと。
ここで、マヒルの死亡も明確になります。
ユノはこれまで、自分の選択を自分自身で引き受けようとする人物でした。
「可哀想な被害者」として解釈されることにも抵抗していたように見えます。
そんなユノが、他人の死を直接目の前で経験した。
第三審では、自分自身の罪だけではなく、他人の死に立ち会った人間としてどう変わったかも重要になりそうです。
003 フータ|アマネの信仰へ傾倒
フータは、まさかの方向へ進んでいました。
アマネへの心酔。
服装にも、アマネが属していた宗教を思わせるマークが入っています。
単なる興味ではなく、かなり強い信仰に近いようです。
壊れたところへ「絶対的な答え」が入り込んだ?
フータは第一審で赦されず、コトコから制裁を受け、第二審ではかなり不安定になっていました。
自分は本当に正しかったのか。
なぜ自分だけ赦されなかったのか。
周囲も同じことをしていたのではないか。
自分の基準が崩れたところへ、アマネの持つ絶対的な価値観が入り込んだ。
そう考えると流れは自然です。
ただし、本人が実際にその信仰によって救われているなら、信仰へ依存しているから即座に悪いとも言い切れません。
問題は、その信仰を広げているアマネ自身が、すでに元の教義を独自に拡大しているらしいことです。
004 ムウ|ハルカが遺したもの
ムウは、誰が敵で誰が味方なのか。
そして自分自身が何を感じているのか。
それすら整理できなくなっているようです。
ジャッカロープは、ハルカが遺したものが大きかった可能性を示します。
第二審のムウは「自分は悪くない」という自己正当化が非常に強く見えました。
しかし、自分のために一人の人間が死んだとなれば、簡単には処理できません。
自分が赦されなかったからハルカは死んだ。そう考えるのか。
ハルカが勝手に選んだことだ。と切り離すのか。
それとも、初めて自分の感情や行動を見直すことになるのか。
第三審のムウは、第二審とは随分と違う状態になりそうです。
005 シドウ|アマネによって殺害された
シドウも死亡しています。
殺害したのはアマネ。
しかもアマネからは事前に警告があったようです。
第二審「粛清マーチ」で考えていた、教義に反する者をアマネ自身が裁くという構造が、監獄内でも続いてしまいました。
シドウの医療行為が教義に反した?
第二審のアマネでは、病気や怪我への人為的な治療そのものを教義違反とみなしている可能性を考えました。
シドウは医師です。
そして監獄内では、負傷した囚人の治療を行っています。
アマネから見れば、その行為自体が自分の信仰に反していた可能性があります。
そのためアマネは警告し、それでも治療を続けるシドウを殺した。
現時点では、二人の具体的なやり取りまでは分かりません。
ただしジャッカロープは、いずれ何が起きたか分かるという方向の発言をしています。
「シドウがいなければ死人が出る」が現実になった
第二審開始通達の時点で、マヒルはシドウの治療がなければ死亡していたことが明かされていました。
さらに、この先何かあれば命に関わるとも警告されています。
つまり第一審後の時点ですでに、シドウの生存と身体的自由が他の囚人の命を支えていたことになります。
第三審開始通達では、その危険が最悪の形で現実になりました。
006 マヒル|シドウの死に巻き込まれる形で死亡
マヒルも死亡しました。
直接誰かに殺害されたわけではありません。
シドウが死亡し、治療を受けられなくなったことで亡くなったようです。
つまり、
アマネがシドウを殺す
↓
シドウの治療が止まる
↓
マヒルが死亡する
という連鎖。
ジャッカロープの言う「最悪のドミノ倒し」です。
第一審終了後の時点ですでに、一人への判定が別の囚人の行動や生死へ影響することは始まっていました。
コトコを赦したことで私刑が起こり、カズイを赦したことでフータが守られ、シドウを赦したことで負傷者の治療が可能になった。
第三審開始通達では、その連鎖がさらに進み、一つの判定が複数の死へつながるところまで到達したことになります。
MILGRAMの判定は、完全に個人だけの問題ではなくなりました。
007 カズイ|赦されるほど自分を責める
カズイは、赦されれば赦されるほど自責の念を強めているようです。
これは他の囚人とは方向性が違います。
ムウは赦しを自己正当化へ使ったように見える。
アマネも、赦されたことで自分の教義や粛清を肯定された可能性がある。
しかしカズイは反対です。
赦されることで「本当に自分は赦されていいのか」と苦しくなる。
第二審までのカズイも、自分を正しいと主張するより、自分自身を加害者側として見る姿勢が強く感じられました。
第三審では、これまで隠していたものをさらに明かす可能性があります。
008 アマネ|教義は「アマネ教」と呼べるほど拡大
アマネはシドウを殺しました。
自分の意思や教義に反する行為を続けるシドウを、実際に排除したことになります。
そしてその結果、マヒルまで死亡しました。
さらに現在のアマネは、元の宗教をそのまま信じているだけではないようです。
ジャッカロープによれば、独自の宗教観を広げ「アマネ教」と呼んでもいいほどになっているようです。
第二審で最も恐れていたことが起きた
第二審でアマネを「赦す」と判断した際、一番怖かったのが、赦す→ 自分の粛清は正しかった→ 教義がさらに強化されるという流れでした。
どうやら、その方向へ進んでしまった可能性があります。
第一審の「赦さない」は、やっぱり自分は悪い子だった、教義は正しいと強化した可能性がある。
第二審の「赦す」は、今度は自分の判断が正しかったと強化した可能性がある。
どちらを選んでも、アマネの中では教義へ回収される。
第二審で感じた「MILGRAMの二択そのものがアマネと相性が悪い」という問題が、そのまま続いています。
009 ミコト|まるで「抜け殻」
第二審で赦されたミコトは、意外にも非常におとなしくなっています。
ジャッカロープも、大暴れすると思っていたのにまるで抜け殻のようだと驚いています。
何人もの死に関わり、それでも赦された。
普通なら喜んでもよさそうなのに、そうではない。
そして、何か大切なものを失ったのではないかという問いが出ます。
もう一人のミコトは消えた?
第二審「ダブル」で最も気になっていた部分です。
二人のミコトは、敵対しているというより、互いを守ろうとしているように見えました。
そして、どちらかが消えたら、それは一人の死と呼べるのかということも考えました。
今回の「大切なものを失った」「抜け殻」という表現からは、どうしてももう一人のミコトを連想します。
ただし、まだ断定はできません。
- もう一人の人格が消えた
- 二人格が統合された
- 一時的に表へ出られない
- 人格とは別の「大切なもの」を失った
どれも残ります。
第三審のミコトで最優先に確認したいところです。
010 コトコ|「お前の牙」は徹底的に拘束された
コトコは第二審で「赦さない」。
そのため、今回は暴れられないようかなり厳重に拘束されています。
そしてジャッカロープは、コトコをエスの「牙」と表現します。
これは、第一審後にコトコがエスの代わりに「赦さない」とされた囚人を制裁していたこととつながります。
「011の看守」は完全な思い込みではなかった?
第二審「ディープカバー」では、コトコが、010の囚人である自分を盤面から外し、011の看守側へ自分を置いている可能性を考えました。
しかし今回、「お前の牙」とまで言われるなら、コトコには実際に看守エスの執行役に近い役割があったことになります。
第一審で取引を持ちかけた。
エスに赦された。
そして、赦されなかった囚人へ制裁を行った。
それならコトコが、私はエスと同じ側だと考えたのにも、まったく根拠がなかったわけではありません。
今度はエスを「敵」とみなす
しかし第二審でエスはコトコを赦しませんでした。
その結果、身体的な自由まで奪われています。
コトコから見れば、自分を使っておいて、今度は否定したと感じてもおかしくありません。
現在のコトコはエスを敵とみなしているようです。
ジャッカロープも、まともなコミュニケーションが取れると思わない方がいいという方向で警告します。
第三審で突きつけられるのは、悪意へ向けた悪は赦されるのかという問題になりそうです。
三人の死亡で、プロフィール画像も変わった?
第三審開始時点で死亡が明らかになったのは、
- ハルカ
- シドウ
- マヒル
の三人。
第三審用のプロフィール画像を見ると、この三人には強いノイズがかかっているように見えます。
また、衣装も他の囚人と比べて正装に近く、マヒルは特にウェディングドレスを思わせる姿です。
これは、第三審開始時点ですでに死亡している三人を、生存者と区別する演出なのかもしれません。
プロフィール画像や衣装の変化については、第一審・第二審・第三審を横並びにして別記事で詳しく確認したいと思います。
「感性でも法律でも、何を基準にしてもいい」
この「何を基準にして裁いてもいい」という話も、第二審開始通達ですでに提示されていました。
ただし第一審と違い、第二審以降は囚人への思い入れや、判定によって生じる損得まで知った状態で判断することになります。
そして第三審では、その先に実際の死者まで出た状態で、なお自分自身の価値観に従えるのかが問われています。
ジャッカロープは、MILGRAMで何を判断基準にするかを限定しません。
感性。道徳。倫理。法律。趣味や嗜好。直感や経験。どれを使っても構わない。
つまりMILGRAMは、正しい法体系に従って判決を出す裁判所ではありません。
エス自身が何を基準に人を赦すのか。
そこを見る場所です。
「お前は自分の感覚を全うできたか?」
ここで問われるのは、囚人だけではありません。
エス自身です。
他人の意見。
投票結果。
囚人の悲惨な姿。
周囲からの評価。
それらを見ながらも、本当に自分自身の基準で判断できたのか。
第二審終了後の謎の音声でも「他者の評価が本人の判断へ影響する」という方向の内容が聞こえたように感じました。
もしその聞き取りが合っているなら、MILGRAMが観察しているのは囚人だけではないのかもしれません。
「これがお前の監獄だ」
第三審開始通達で特に印象に残った言葉です。
この監獄は、最初から完成されたものではなかった。
誰を赦すか。誰を赦さないか。その結果、誰が誰を傷つけるか。誰が死ぬか。誰が信仰へ傾倒するか。誰が自分の思想をさらに強めるか。それらがすべて積み重なって、今のMILGRAMになっています。
つまり、この監獄はエスと視聴者が作った。
第一審とも第二審とも違う第三審の監獄は、これまでの判定の結果です。
MILGRAMは実験なのか?
今回まで見ると、MILGRAMそのものが何らかの実験・観察装置のようにも見えてきます。
さらに第二審開始通達を見直すと、ジャッカロープはMILGRAMが囚人の思想を肯定・否定し、その変化を通して「エスの判断が正しかったのかを段階的に確かめる」仕組みであることを説明しています。
つまり「判定する→結果を観察する→もう一度判定する」という構造自体は、すでに第二審開始時点で示されていました。
第三審で急に実験らしくなったのではなく、最初から判断者を含めた長期的な観察が行われていた可能性があります。
特に気になるのがジャッカロープです。
通常時は案内役。
MILGRAMのルールを説明する。
囚人の状態を報告する。
しかし時々、口調や声の雰囲気が変わります。
その瞬間だけ、もっと上の立場からこの監獄を眺めているような発言が出ます。
ジャッカロープは「器」なのか
ジャッカロープという存在自体が、何かの端末やアバターのようにも見えます。
普段の姿は、ぬいぐるみや作られた器にも見える。
そして、その中から別の本心が漏れるように声色が変わる。
ジャッカロープという架空生物自体にも「作られた存在」「本物か偽物か分からないもの」という性質があります。
単なるマスコットではなく、MILGRAM側の何かが声を出すための器なのかもしれません。
エスも普通の人間とは限らない?
さらに疑問なのがエスです。
エスは審と審の間、眠らされます。
しかも毎回、同じソファへ座った状態で目を閉じ、次の審でも同じ場所で目を覚ますように見えます。
普通の生活の中で眠っているというより、停止→ 保管→ 再起動のようにも見えます。
囚人たちの間では、その間に膨大な時間と出来事が流れます。
しかしエスは、それを経験しません。
判定が必要な時にだけ起こされる。
もしそうならエスも、視聴者の判断をMILGRAM内部へ反映するための依代・インターフェースなのかもしれません。
タイトル「MILGRAM」とミルグラム実験
ここまで来ると、作品タイトルである「MILGRAM」という名前そのものも改めて気になります。
「ミルグラム」といえば、心理学者スタンレー・ミルグラムによる有名な服従実験を連想します。
この実験では、権威者から命令された時、人間がどこまで他者へ危害を加える行為に従うのかが検討されました。
MILGRAMも、単純に「囚人を裁く作品」と見るより、人間は権限を与えられた時、他者をどう裁くのか。
その判断は、権威や周囲の評価によってどこまで変わるのか。
という思考実験として見ると、しっくりくるのではないでしょうか。
囚人たちはエスという「権威」に従っている
権威をエスと考えるなら、囚人たちは実際にその判断へ従わされています。
エスが「赦す」と判断すれば、その囚人には思想の自由が与えられる。
「赦さない」と判断すれば、思想を否定され、身体的にも拘束される。
囚人本人がその判断を拒否したとしても、MILGRAMはエスの判定を現実へ反映します。
つまりエスの「赦す/赦さない」は単なる感想ではありません。
囚人の生き方そのものを変える権威ある命令になっています。
ただし、その服従の形は囚人によって違います。
ムウは「赦された」ことを、自分の正しさの証明として受け取ったように見える。
アマネは「赦さない」も「赦す」も、自分の教義を強める方向へ取り込んだ可能性がある。
コトコはさらに一歩進み、エスが赦さなかった囚人を自分で制裁しました。
これは単に権威へ従ったというより、権威の判断を内面化し、自分自身も裁く側へ移ろうとしたようにも見えます。
一方でカズイは、赦されるほど自分を責めています。
同じ「赦す」という判定でも、その人間がどう受け取るかによって結果はまったく違う。
MILGRAMが観察しているのは、判定そのものだけではなく、人間が権威から与えられた評価をどう自分の中へ取り込むのかなのかもしれません。
そしてエス自身も、さらに上の権威へ従っている
ただし、エスも完全な支配者ではありません。
エス自身もMILGRAMから「囚人を裁く看守」という役割を与えられています。
審が始まれば起こされ、囚人を見て、赦すか赦さないかを決める。
審が終われば眠り、次の審まで停止するように見える。
ジャッカロープからも、看守として判断し続けることを求められます。
ならば構造は、
MILGRAM/その上にいる観察者
↓
エス
↓
囚人
という権威の階層になっているのかもしれません。
エスは囚人にとっての権威でありながら、エス自身もまた、MILGRAMという上位の権威に従わされている被験者とも考えられます。
では、視聴者は本当に「観察者」なのか
さらに考えると、視聴者も完全な外側にはいません。
私たちはMILGRAMから、この囚人を赦すか、赦さないか選んでくださいというルールを与えられ、その枠組みを受け入れて投票しています。
つまり、囚人はエスの判定へ従う。エスはMILGRAMのルールへ従う。視聴者もMILGRAMが用意した「赦す/赦さない」という二択へ参加する。
そう考えると、MILGRAMにおけるミルグラム実験の被験者は、囚人だけではないのかもしれません。
エスも、そして投票している私たち自身も、実験の内側にいる。
第三審開始通達の「これがお前の監獄だ」という言葉も、この構造を示しているように感じます。
誰かが用意した監獄を眺めているだけではない。
私たち自身が判断し、その判断によって監獄を変化させ、その結果を再び見せられる。
MILGRAMは「人間は他者を裁く権限を与えられた時、何を基準に、どこまでその権限を行使するのか」を観察する長期的な思考実験なのかもしれません。
Es・Ego・Superegoという構造?
ここからはちょっと大きな仮説です。
エスという名前を見ると、フロイトの精神構造モデルを連想します。
そこでMILGRAM全体を、
Es/イド
Ego/自我
Superego/超自我
の構造へ重ねることもできます。
エス=Es/イド?
エスは法律だけで判断しません。
直感でもいい。
感情でもいい。
好みでも経験でもいい。
つまり、自分自身がどう感じるかを突きつけられる存在です。
その点では、人間の根源的な欲求や衝動を示す「Es」という名前と重なります。
ジャッカロープ=Ego?
ジャッカロープは、エスの判断とMILGRAMのシステムの間をつなぐ存在です。
エスへルールを説明する。
囚人の状況を伝える。
判定結果がどのように作用したかを説明する。
その意味では、内側の衝動と外部の現実を調整する「Ego」に近い役割にも見えます。
MILGRAM=Superego?
そしてMILGRAM本体は、エスが出した判定を実際の規範として囚人へ適用します。
赦すなら思想を自由にする。
赦さないなら思想を否定し、身体を拘束する。
ただしMILGRAM自身が絶対的な道徳を決めているわけではありません。
エスが選んだものを、その監獄における規範へ変える。
そのため、MILGRAM=スーパーエゴそのものというより、エスの判断をスーパーエゴ化して実行する装置と考えた方が近いかもしれません。
もちろん現時点では仮説です。
しかし「これがお前の監獄だ」という言葉とはかなりよく合います。
最後に現れる、もう一つのジャッカロープの声
第三審開始通達の最後。
ジャッカロープの声や口調が変化します。
第二審終了後に聞こえたものと、おそらく同じ雰囲気です。
内容は、
エスたちが作った監獄を美しいと感じている
このMILGRAMが好きだ
最後まで一緒に楽しもう
という方向。
通常の進行役より、明らかに一段上からこの状況を楽しんでいるように聞こえます。
「観察者」がいる?
この声がジャッカロープ自身の本心なのか。
ジャッカロープという器を通して別の存在が話しているのか。
それとも、MILGRAM本体の人格なのか。
現時点では分かりません。
ただ、第二審終了後には「この時代を選んでよかった」という方向の発言もありました。
今回も、エスと視聴者によって作られた監獄そのものを楽しんでいます。
ならMILGRAMでは、囚人を観察しているだけではなく、囚人を裁く人間が、どのような監獄を作るのかまで観察している可能性があります。
第三審を見る前に残しておきたいこと
第三審開始時点で、確認したいことはかなり増えました。
- ハルカが死へ至るまで、ムウとの間に具体的に何があったのか
- ムウはハルカの死をどう受け止めているのか
- ユノはマヒルの死によって何が変わったのか
- フータはどこまでアマネの信仰へ入っているのか
- シドウとアマネの間で具体的に何があったのか
- マヒルの最期にユノはどのように立ち会ったのか
- カズイが赦されるほど自分を責める理由
- アマネの「アマネ教」は元の宗教と何が違うのか
- ミコトが失った「大切なもの」とは何なのか
- もう一人のミコトは現在も存在しているのか
- コトコはエスをどのように敵視しているのか
- 「お前の牙」という表現と、第一審の取引の具体的な内容
- 死亡した三人のプロフィール画像に入るノイズの意味
- エスが審の間ずっと眠っている理由
- ジャッカロープは生物なのか、器なのか、端末なのか
- 声が変化した時、誰が話しているのか
- 「この時代を選んだ」とはどういう意味なのか
- MILGRAMは何を観察するために存在しているのか
- Es/Ego/Superegoの構造は意図されたものなのか
まとめ|第三審では「自分の判定」も裁かれる
第三審開始通達まで来ると、MILGRAMはもう、誰が悪い人なのかを当てる作品ではなくなっています。
ハルカが死んだ。
シドウが死んだ。
その結果、マヒルも死んだ。
フータはアマネの信仰へ入り、アマネは自分の宗教観をさらに広げた。
ミコトは何かを失い、コトコはエスを敵とみなした。
これらはすべて、それまでの判定と無関係ではありません。
第一審と第二審で自分たちが選んだものが、今の監獄を作った。
だから第三審では、囚人の罪だけを見ることはできません。
自分が下した判定によって何が起きたのか。
そこまで含めて、もう一度「赦す/赦さない」を選ぶことになります。
ジャッカロープの言う通り、これがお前の監獄だ。
第三審では、その言葉の意味を忘れずに見ていきたいと思います。
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第三審の各囚人MVの内容は使用していません。