映画『ゾディアック』感想・考察|犯人はアーサー・リー・アレン?暗号と未解決のラスト【ネタバレ】

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※この記事には、映画『ゾディアック』の結末を含むネタバレがあります。

未視聴の方は、先に本編を見ることをおすすめします。

また、事件や登場人物に関する考察には、映画を見た私個人の受け取り方を含みます。

映画『ゾディアック』基本情報

項目内容
原題Zodiac
日本公開日2007年6月16日
製作国アメリカ
上映時間157分
年齢区分PG12
監督デヴィッド・フィンチャー
脚本ジェームズ・ヴァンダービルト
原作ロバート・グレイスミスの著書
主な出演者ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニー・Jr.、アンソニー・エドワーズ、クロエ・セヴィニー、ジョン・キャロル・リンチ
日本配給ワーナー・ブラザース映画

公式情報:Paramount Pictures『Zodiac』公式作品ページ

現在どこで見られる?

※配信状況は2026年8月30日時点のものです。
 作品の配信・吹替対応は変更される場合があるため、視聴前に各サービスで確認してください。

  • U-NEXT:見放題
  • Amazon Video:レンタル・購入
  • Apple TV:レンタル・購入
  • FOD:レンタル
  • Hulu:現在、定額見放題での配信は確認できず
  • 公式YouTube:無料の本編配信は確認できず

字幕・吹替の有無は、選択する商品や配信サービスによって異なります。

配信状況の確認:JustWatch『ゾディアック』

作品ページ:U-NEXT『ゾディアック』

ネタバレなしのあらすじ

1960年代末のアメリカ・サンフランシスコ周辺で、若い男女を狙った殺人事件が発生する。

やがて新聞社へ届いたのは、犯行声明と、紙面への掲載を要求する暗号文だった。
自らを「ゾディアック」と名乗る人物の手紙は、人々を恐怖に陥れ、警察と新聞記者、そして暗号に興味を持った風刺漫画家ロバート・グレイスミスを事件へ引き込んでいく。

しかし、捜査は管轄の違いや証拠不足に阻まれ、時間だけが過ぎていく。
これは犯人を追う物語であると同時に、答えの出ない事件に人生を取り込まれていく人々の物語でもある。

ネタバレなしの感想|謎は多いのに、正解がない

『ゾディアック』は、暗号や未解決事件が好きで、登場人物と一緒にじっくり謎を追いたい人におすすめしたい映画です。

犯人が次々と人を襲う派手なスリラーというより、捜査記録や証言、手紙、筆跡、暗号といった断片を積み重ねていく作品。上映時間は長めですが、暗号を見ながら「私も一緒に解きたい」と思える面白さがあります。

ただし、すべての謎が解けて爽快に終わる作品ではありません。

謎はたくさんあるのに、誰もが納得できる唯一の正解はない。
それでも、事件を追った人、忘れていった人、執着した人たちの生々しさを楽しめる人には、強く残る一本だと思います。


ここからネタバレあり

ここからは、映画の結末や容疑者について触れます。

以前見た作品なので、細部の記憶は薄れている部分があります。

それでも今なお浮かぶのは、湖畔の殺人場面、犯人の頭巾に描かれた照準マーク、新聞社へ送られた暗号、記者のポール・エイブリー、地下室、そして生存者が一枚の写真を指す場面です。

正直、初めて見た時は、映画の中だけでも事件は解決して終わるのだと思っていました。

……でも、そんなことはなかった。

この「解決しなさ」こそが、『ゾディアック』の重さであり、面白さなのだと思います。

湖畔の頭巾と照準マークが、ゾディアックを象徴にした

湖畔で男女が襲われる場面は、殺害の瞬間そのものより、犯人がかぶっていた黒い頭巾と、胸元の照準のようなマークのほうが強く印象に残っています。

顔を隠すだけなら、別の覆面でもよかったはずです。

それなのに犯人は、自分を表すマークをわざわざ身につけて現れる。

あの印は単なる目印ではなく「ゾディアック」という存在を人々の記憶に刻み込むための象徴に見えました。

人物の顔ではなく、記号だけが残る。
そのため、正体の分からない犯人が、ひとりの人間以上に大きく、不気味な存在になっていくように感じます。

暗号を一緒に解きたくなる面白さ

新聞社へ送られた暗号文も、この映画で強く覚えているもののひとつです。

暗号が出てくると、ただ答えを教えてもらうのを待つのではなく、自分でも記号を追いたくなる。

私は「一緒に解きたい。面白い」「解決できるなら、自分でも解決したい」という気持ちで見ていました。

ゾディアック事件では、犯行だけでなく、手紙や暗号も犯人が作り上げた劇場の一部です。
新聞へ掲載させ、人々に読ませ、警察や読者を挑発する。
暗号を解こうとする側は、事件の真相へ近づこうとしながら、同時に犯人が用意したゲームへ参加させられているようにも見えます。

めちゃくちゃ挑発的ですよね。

だからこそ面白いし、同時に怖い。

新聞記者エイブリーが、事件に削られていく

新聞記者ポール・エイブリーが、次第にボロボロになっていく姿も覚えています。

映画の中の彼は、犯人から名指しで脅迫され、恐怖にさらされながら事件を追い続けます。
酒や薬物への依存、仕事や生活の荒れ方が重なり、内面の疲労や不安が、そのまま外見へ表れていくようでした。

最初は事件を追う側だったはずなのに、いつの間にか彼自身も事件の影響から逃れられなくなる。

「早く真相へたどり着きたい」という焦りだけではなく、いつ狙われるか分からない恐怖や、長期間追っても答えが出ない消耗まで含めて、ゾディアック事件に削られていったように見えます。

地下室の場面は、何も分からないから怖い

地下室の場面も、細部は薄れているのに、空気の不気味さだけは残っています。

グレイスミスは映画館のポスターの筆跡を手がかりに、ボブ・ヴォーンの家を訪れます。
そこで、ポスターを書いたのは容疑者として疑っていた人物ではなく、目の前のヴォーン本人だと知らされる。

さらに、カリフォルニアの家には珍しい地下室がある。

外は雨。家の中には二人きり。
それなのに、上の階から人が歩いているような音が聞こえる。

ヴォーンが犯人だと確定する証拠は何もありません。
それでも、グレイスミスが間違った相手の家へ入り込み、逃げ場の少ない地下へ降りてしまったかもしれない恐怖がある。

答えが出ないまま終わるからこそ、あの場面は怖いのだと思います。

グレイスミスも事件に取り込まれていた

グレイスミスが事件を追い続ける気持ちは、分からなくもありません。

暗号があり、証言があり、複数の容疑者がいる。
あと少し材料がそろえば、答えへ届きそうに見える。
だから、途中でやめるほうが難しい。

私も見ながら「自分ならここまで行きそうで怖い」と少しばかり感じました。
ただ、現実にどこまで追えるかは、自分と被害者との関係や立場によって変わるとも思います。

もし被害者が自分の家族や知人だったなら、私も追いかけ続けるかもしれません。
けれど、警察官として担当した事件なら、グレイスミスと同じほどの執念を持てるかは分からない。
行為っていいかわかりませんが、気持ちと感覚の問題はありそうです。

それでも、解決できなかった事件を完全には忘れないと思います。
何年たっても、年に何度か思い出す。新しい情報が出るたびに「あの事件ではないか」と考える。

事件に取り込まれるとは、四六時中追い続けることだけではなく、人生のどこかに事件が残り続けることなのかもしれません。

生存者が写真を指した場面で得た、解決とは違う安心

終盤、生存者のマイク・マジョーが写真を見て、アーサー・リー・アレンを指す場面があります。

私は当時、途中で「この人が犯人なのでは」と思った人物がいたはずなのですが、誰だったかまでは覚えていません。

それでも、あの写真を指す場面を見た時には、少しスッキリした記憶があります。

それは「事件が解決した」という爽快感ではありません。

生存者も同じ人物を選んだことで「そう考える選択肢はあるんだ」「自分が感じた違和感は、まったく見当違いではなかったんだ」と確認できた安心感に近いものです。

映画はアレンを最有力の人物として提示します。
しかし、生存者の証言だけで事件のすべてが確定するわけではありません。

結論ではないのに、結論のような手触りだけが残る。
あのラストが忘れにくいのは、そのためだと思います。

アーサー・リー・アレンは犯人だったのか

映画を見ると「もうアーサー・リー・アレンが犯人なのでは?」と思いたくなります。

実際、アレンは捜査対象になった人物です。
映画では、ゾディアックの名と照準マークが入った腕時計、事件との接点を思わせる複数の状況証拠、そして生存者による写真識別が積み重ねられます。

一方で、現実の事件ではアレンが起訴されることはありませんでした。
筆跡や指紋など、彼とゾディアックを決定的に結びつけられなかった証拠もあります。
切手から採取された一部DNAが一致しなかったとも報じられていますが、試料自体が犯人のDNAだったのかという問題もあり、これだけで事件全体が確定したわけではありません。

アレンが疑われる要素断定できない要素
捜査対象となり、複数の状況証拠が注目された決定的な物証がない
生存者マジョーが後年、写真からアレンを選んだ事件から長い年月が過ぎた後の識別だった
映画では多数の手がかりがアレンへ収束する筆跡や指紋、一部DNAなど一致しないとされた資料もある
観客が「彼ではないか」と考えやすい構成になっているアレンは起訴されないまま1992年に死亡した

つまり、映画はひとつの有力な見方を提示してくれますが、現実の事件に公式な答えを与えたわけではありません。

今見ると、私はまた「これ、犯人ではないの?」と思うかもしれない。
それでも、映画が示した納得感と、事実として証明された結論は分けて考えたいです。

映画公開後、ゾディアックの暗号は解読された?

映画を見た後に気になるのが「現在は暗号が解けているのか」という点です。

結論から言うと、主要な暗号の一部は解読されています。しかし、すべてではありません。

暗号現在の状況補足
Z4081969年に解読新聞社へ分割して送られた408文字の暗号。
犯人の実名は書かれていなかった
Z3402020年に解読映画公開時には未解読。
民間の暗号解読チームが解き、FBIも解読を確認した
Z13未解読「私の名前は――」に続く短い暗号。
文字数が少なく、解釈を確定しにくい
Z32未解読地図とともに送られた暗号。
現在も確定した解読には至っていない

2020年に解読されたZ340には、犯人の身元を特定できる名前は含まれていませんでした。

暗号がひとつ解けても、犯人が分かるとは限らない。

ここにも、『ゾディアック』という事件の厄介さがあります。
答えへ近づいたように見えても、その先にまた空白が残ります。

解決しないまま事件が風化していく

『ゾディアック』を見終えた時の感覚は、重かった、そしてもう一度手がかりを確認したい、というものでした。

長い時間を使って事件を追うのに、最後まで法的な解決にはたどり着かない。
そのため、一般的なミステリーのようなスッキリ感はありません。

しかし、未解決事件が現実の中でどう扱われていくのかは、とても生々しいです。

事件を追い続ける人がいる。
生活を壊すほど執着する人もいる。
担当を外れたり、別の事件へ移ったり、やがて忘れていく人もいる。

世間の関心が薄れても、被害者や家族、事件を追った人の中では終わっていない。

「風化する」とは、事件そのものが消えることではなく、多くの人の日常から少しずつ遠ざかっていくことなのだと感じました。

謎は多いが、正解がなくても楽しめる人向け

この映画は、じっくり見たい人にはおすすめできます。

特に、暗号や未解決事件が好きな人、断片的な証拠を一緒に追いたい人、映画を見た後も「結局どうだったのだろう」と考え続けたい人には向いていると思います。
一方で、推理の末に犯人が判明し、事件がきれいに解決する爽快感を求める人には、あまり向かないかもしれません。

謎はいっぱいあるけれど、正解がない。
それでも楽しめる人向けです。

私は、もう一度見るなら、単純な伏線探しというより「どの証拠を、誰が、どう受け取ったのか」を確認しながら見たいです。

そしてまた、アレンを見て「やっぱり、この人ではないの?」と思うのか。
それとも、別の可能性が気になり始めるのか。

答えが確定していないからこそ、見直すたびに追いかける余地が残る作品だと思います。

おまけ

久しぶりに映画を観たくなりました!
再視聴した感想等は、また別途載せていきます。

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